『蜂蜜と遠雷』

  

なぜ主人公が悲しんだりしてもいないのに、涙が出るのだろう?
なぜ音楽という感性に直接響くはずのものが、文字という記号を通じて脳を経由して入ってくるのだろう?

とにかくストーリーに引き込まれる。読みながら、天才ピアニスト3人、苦労人の社会人ピアニスト、取材をしているジャーナリスト、審査を担当している音楽家という複数の視点がめまぐるしく切り替わる。切り替わるタイミングがわかりにくく、誰が語っているのかが空白になる数行があります。その空白のときに自分という読み手がふとコンクールに居合わせた登場人物として登場する不思議な感覚に陥ってしまうのです。

なので、コンクールの順位発表の瞬間とかは、読み飛ばしてしまうのです。誰が残ったのか?誰が落とされるのか?まるで音楽ファンとして観客の一人がストーリーの中にいるように。

いや〜事前の評価が高かったとは言え、最高に面白かった。感動した。そして芸術の価値を再確認した。それは音楽という芸術も、文学という芸術も。

『蜂蜜と遠雷』からの名言

まさに業、生きている業だ。お腹を満たすわけでもない、あとに残るわけでもない。そんなものに人生をかけるとは、業としか言いようがないではないか。

今日の一言
脳が「美」を認識するしくみは、何か、生まれつき備わっている。学習して獲得するものではない。

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『ヒルビリーエレジー』は幸せのヒントだらけ

  

最近の研究では、アメリカのあらゆる民族集団のなかで、唯一、白人労働者階級の平均寿命だけが下がっていることがわかった。

なぜトランプ氏が大統領に選ばれたのか?その答えを一言で言えるとすると、この一文が表しているのではないでしょうか?

貧困は、なかなか貧困にあえぐ者からは語られません。
著者のJ.D.ヴァンスは、白人労働者階級の出身で、貧困や麻薬、労働意欲などの問題が蔓延している社会で育ちます。さまざまな危機を乗り越えて、アイビーリーグの大学に入るのですが、これがまた壮絶です。決して教科書には書いていないような貧困層の生活がつまびらかにされるとともに、社会的な構造とのつながりを解説してくれます。
解説といえば、解説者がこのようにまとめます。『ヴァンスのように幸運でなかった者は、「努力はしないが、ばかにはされたくない」という歪んだプライドを、無教養と貧困とともに親から受け継ぐ。』
もちろん、経済状況の悪い家庭や地域で生まれてしまうことは、仕方のないことかもしれません。しかし、それが連鎖するということには何らかのメカニズムがあるはずです。「歪んだプライド」、そんなメカニズムを中から描いた著者は多方面から絶賛されています。
日本にとっても他山の石ではありません。同じ構造があるように感じました。
『ヒルビリー・エレジー』からの名言

あまりにも多くの若者が、重労働から逃れようとしている。よい仕事であっても、長続きしない。支えるべき結婚相手がいたり、子どもができたり、働くべき理由がある若者であっても、条件のよい健康保険付きの仕事を簡単に捨ててしまう。

今日の一言
経済政策だけでなく、幸福政策にも取り組む。

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